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人材派遣業界のM&A

2023年1月16日

人材派遣業界のM&A
~人手不足再燃の中でM&Aは活発に~
コロナによる行動制限が緩和され経済活動が回復しつつある中、人手不足が再燃している。

四半期ごとに発表される日銀短観(※1)には、企業における人手の過剰感及び不足感を示す「雇用人員判断D.I.」という指標が含まれている(図表1)。これをみると、コロナの発生により緩和されていた人手不足感は再度強くなっている。

(※1)日銀短観:「全国企業短期経済観測調査」の略で、企業の動向を把握するために日本銀行が、全国の企業約1万社を対象に四半期ごとに実施する統計調査


<図表1>日銀短観 雇用人員判断D.I.(四半期ベース)
<図表1>日銀短観 雇用人員判断D.I.(四半期ベース)
出所:日銀短観
人材派遣業界の業績は回復傾向も、人手不足による弊害も窺える
日本人材派遣協会が集計・発表している派遣社員実稼働者数は、コロナ発生前には約37万人であったがコロナ発生直後の2020年10月には約33.7万人まで落ち込んだ。
これが今年に入ってからの人手不足再燃の中で、2022年9月には約39.5万人にまで回復・増加してきた。これに伴い人材派遣業界の業績も回復傾向にある(図表2)。

しかし、人材派遣会社にとって人手不足は良いことばかりではない。帝国データバンクが昨年10月に行った調査(※2)によると、「人材派遣・紹介」に属する企業の中で、正社員について人手不足を感じる割合は61.3%、また、非正社員について人手不足を感じる割合は57.5%に上った。

人材派遣会社からは「人手不足で派遣の支払単価が上がる一方で受注単価の上昇が追い付かない」、また、「派遣社員の確保及び供給が容易ではない」といった声が上がっている。最近の報道では派遣社員が十分に確保できなかったため、経営が悪化した中小の人材派遣会社の例も伝えられた。

(※2)帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2022年10月)」より


<図表2>財務省法人企業統計「職業紹介・労働者派遣業」業績推移
<図表2>財務省法人企業統計「職業紹介・労働者派遣業」業績推移
(注)売上高及び営業利益を母集団(社数)で除して試算

勿論、規模が小さくても特定の業種に特化するなど専門性を高めることで、業績を維持または向上させている人材派遣会社は少なくないと思われる。ただ、資本金の範囲別にみた人材派遣会社の営業利益率の推移をみると、規模の大きい方が概ね利益率の高い様子がみてとれ、一定のスケールメリットが働いている様子が窺える(図表3)。


<図表3>財務省法人企業統計「職業紹介・労働者派遣業」資本金範囲別営業利益率推移(年度ベース)
<図表3>財務省法人企業統計「職業紹介・労働者派遣業」資本金範囲別営業利益率推移(年度ベース)
(注)営業利益を売上高で除して試算


人材派遣業界のM&A件数増加
こうした中、人材派遣業界では数年前からM&Aの件数が増加し、2015年以降は概ね毎年50件以上の案件が公表されてきた(図表4)。

個々の例をみていくと、有力人材派遣会社が特定の地域で事業を展開する中堅同業や、特定の業種に強みをもつ中小同業を買収した案件、また、投資会社が日本定住の外国人派遣に強みをもつ会社を買収した案件など、ケースは様々だ。


<図表4>人材派遣業界 M&A件数推移
<図表4>人材派遣業界 M&A件数推移
(注)「買い手」または「売り手」が人材派遣業界の企業
(出所)レコフM&Aデータベース((株)レコフデータ提供)



総評
人材派遣会社が派遣社員を安定的に確保していくためには、教育訓練の充実や広告プロモーションの拡大、また、これによるブランド力の向上などが肝要であろう。一方、派遣先の企業では、BPO(※3)といった高度なノウハウを必要とするサービスへの需要が拡大するとの声もある。

日本人材派遣協会によると人材派遣会社の数は約44,000社に上る。同業者間での競争を乗り越えていくために、派遣社員確保に向けた体制整備や得意業種の拡充、また、派遣先企業へのサービスや交渉力向上などが重要と思われ、これに向けた資本力や規模の拡大を目的に今後もM&Aは活発に行われると考えられる。

(※3)BPO:Business Process Outsourcing(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の略で、企業の業務プロセスを一括して専門業者に外部委託すること
澤田 英之
執筆者
澤田 英之
株式会社レコフ 企画管理部 部長(リサーチ担当)
金融機関系研究所等で調査業務に従事後、政府系金融機関の融資担当を経て2005年レコフ入社。各業界におけるM&A動向の調査やこれに基づくレポート執筆などを担当。著書・論文は「食品企業 飛躍の鍵 -グローバル化への挑戦-」(共著、株式会社ぎょうせい、2012年)の他、レコフデータ運営のマールオンライン向けなど多数。