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学習塾業界のM&A

2022年11月18日

学習塾業界のM&A
~想定スピードを上回る少子化進展を乗り切るために~
少子化の進展が止まらない。2022年、日本の出生数は統計集計以来はじめて80万人を下回りそうだという。国立社会保障・人口問題研究所が2017年に公表した将来推計人口では、既に0~14歳人口の大幅な減少が予想されている(図表1)。

ただ、同推計では出生数80万人割れが2033年に発生することを前提としている。前倒しで今年80万人割れとなりこうした状態が続くようであれば、次回の予想はさらに下振れすることになろう。


<図表1>0~14歳 人口推移・予想
<図表1>0~14歳 人口推移・予想
出所:総務省統計局刊行「日本の統計」、国立社会保障・人口問題研究所 将来推計人口より作成
受講生減少の一方、学習塾の年間売上高は一定のレンジで維持
少子化進展の影響を直接的に受けてきた業界の一つは学習塾である。文部科学省「学校基本調査」によると2010年に約1,390万人であった小・中・高等学校の生徒数合計は、2022年には約1,230万人に減少している。

筆者は経済産業省の特定サービス産業実態調査(同調査は2018年に終了)により学習塾受講生数の2013~2018年の推移を確認したが、やはり減少傾向にあった(図表2)。しかし、同調査に含まれている学習塾の年間売上高を確認したところ、9,000億~1兆円の範囲で推移しており減少トレンドに突入している状況ではなかった(※)。

受講生の減少にもかかわらず年間売上高が一定のレンジで維持されてきたことは、受講生1人当たりの売上高が増加したことを意味する。

※筆者が同じ期間を対象とする民間の複数の調査結果を確認した限りにおいては、各調査の市場規模は数千億円~1兆数千億円とばらつきがあったものの、継続的に減少している例はなかった。


<図表2>学習塾 受講生数・売上高推移(経済産業省 特定サービス産業実態調査より)
<図表2>学習塾 受講生数・売上高推移(経済産業省 特定サービス産業実態調査より)


ここで、文部科学省が公表している子供1人当たり年間学習塾費・家庭教師費合計の推移をみると、すべてというわけではないが総じて増加している(図表3参照)。恐らく少子化が進展した分、子供1人にかける教育費を増やす保護者が増加したのであろう。


<図表3>子供1人当たり年間学習塾費・家庭教師費合計(単位:万円)
<図表3>子供1人当たり年間学習塾費・家庭教師費合計
(出所)文部科学省「子供の学習費調査」の学習塾費及び家庭教師費等


「学習塾・専門学校」に関わるM&A件数の増加
費用をかける分、講師のクオリティー、指導方法やオンライン対応、また、これらを可能にする組織体制など受講生及び保護者の学習塾に対するニーズは厳しくなりつつあると思われる。まして少子化が現在進行形で進む中でのことでもあり、学習塾間での生徒の獲得競争は激しさを増していると推察される。

前述したように業界として年間売上高が9,000億~1兆円の範囲で比較的安定しているとは言っても、これが市場の安定を示唆するものではなさそうだ。こうした事業環境下、「学習塾・専門学校」に関わるM&A件数は増加している(図表4参照)。


<図表4>学習塾・専門学校 M&A件数推移
<図表3>物流業界 事業承継M&A件数
(注)M&A件数は買い手または売り手が学習塾・専門学校業界に属するケースであり公表ベース。2022年は11月12日現在
(出所)レコフM&Aデータベース((株)レコフデータ提供)



総評
M&A件数増加の背景の一つは、営業地域拡大等を目指す大手・有力企業と、講師を確保しつつ受講生のニーズに対応していくためには一定の資本力や大手からの支援が必要と考えた中堅・中小企業の意向がマッチしたことであろう。

「学習塾業界でも人手不足の影響は大きく、能力の高い講師を採用・確保していくためには給与水準を一定程度高くする必要がある。そのためには今後どこかで授業料を値上げせざるを得ない。」

最近、筆者が耳にしたある有力学習塾の経営者の言葉だ。今後、さらなる少子化が見込まれる中で、学習塾が生徒及び講師の獲得競争を乗り切っていくためには経営基盤の一層の強化が肝要と思われ、これに向けたM&Aは今後も活発に行われると考えられる。
澤田 英之
執筆者
澤田 英之
株式会社レコフ 企画管理部 部長(リサーチ担当)
金融機関系研究所等で調査業務に従事後、政府系金融機関の融資担当を経て2005年レコフ入社。各業界におけるM&A動向の調査やこれに基づくレポート執筆などを担当。著書・論文は「食品企業 飛躍の鍵 -グローバル化への挑戦-」(共著、株式会社ぎょうせい、2012年)の他、レコフデータ運営のマールオンライン向けなど多数。